イカゲームの「メンコ男」として日本でも一躍有名になったコンユさん。
イカゲーム第1作に出演したのが42歳の時で、あまり知られていないのが若い頃のビジュアルや活躍。
最初から順風満帆…というわけではなかったようで、さらに意外な経歴も持っている方でした。
というわけで、今回はコンユさんの若い頃の画像も交えつつ、徹底的に紹介していきます!
Kコンテンツ歴約6年
母の影響で韓国にハマる。
勇気がなくて整形は無理。

1. 釜山で育ったスポーツ少年時代
コン・ユ(本名:コン・ジチョル、1979年7月10日生まれ)は釜山出身。
お父さまはロッテ・ジャイアンツでマネージャーを務めていた方で、子どもの頃から球団の春季キャンプについて行って選手のサインをもらったことがあるそうです。
スポーツの現場をすぐそばで見ていたわけですね。
こういう環境で育つと、時間を守る・上下関係をわきまえる・体を動かす、といった「体育会系の基礎」が自然と身につきます。
実際、コン・ユは水泳も習っていたようですし、学生時代は学業でも論述大会で優秀賞をとるなど、派手さより「きっちりやるタイプ」だったようです。
参照:ウィキペディア
ここから推測できるのは、後年の彼の落ち着きや礼儀正しさ、現場スタッフからの信頼の厚さは、子どもの頃にプロ野球の裏側を見ていた経験が土台になっているのではないか、ということ。
プロの世界って、外から見るよりずっと「遅刻しない・連絡を返す・約束を守る」が大事ですから、芸能界に入ったときもそこはスムーズだったんだろうなぁと想像できますね。
2. 実は最初から「俳優一本」ではなかった大学時代
高校卒業後、1999年に慶熙大学の演劇映画学科に進みますが、当初は「俳優になりたい!」と決めていたわけではなく、演出や広告の仕事に関心があったそうです。
周りに俳優志望の仲間が多く、その中で勉強していくうちに「自分も表現する側に立ってみようかな」と考えが変わったんだとか。
ここがちょっとコン・ユらしいところで、勢いで飛び込んだというより、周囲を観察して納得してから進むタイプですよね。
のちに映画「トガニ」を自ら動いて映画化して社会的な波を起こした人ですから、若い頃から「自分がやる理由」を考えるクセがあったのだと思います。
3. モデル・VJから俳優へ―画面に慣れていった下積み時代
コン・ユは慶熙大で演劇を学んだあと、モデルとして活動し、MnetのVJ(ビデオジョッキー)を経て芸能界により深く入っていきます。
これは「いきなり大役の俳優」ではなく、「カメラの前にいることに慣れる→しゃべって見せる→ドラマに出る」という順番でステップアップしているということです。
参照:IMDb
当時の韓国バラエティや音楽番組のVJって、今でいうところの「感じよくて、コメントもできて、顔もいい若手」が多かったポジションです。
そこに起用されたということは、若い頃のコン・ユはすでに「画面にのる顔立ちだった」「人前で固くならない」という評価を受けていたはずです。
いまの落ち着いたルックスより少しシャープで、爽やかな兄さん、というイメージだったでしょう。
4. 2001年「学校4」で俳優デビュー、でもすぐに大ブレイクではなかった
2001年、ドラマ「学校4」のオーディションに合格して俳優デビューします。
ここから「その後なかなか話題作に恵まれなかった」と続くので、最初から主役級というわけにはいかなかったのが分かります。
この「すぐに大ヒットに乗れなかった」というのは、若い頃のコン・ユを語るうえでけっこう大事です。
顔はいい、芝居もできる、それでも主役が回ってこない時期があったからこそ、2007年の「コーヒープリンス1号店」で火がついたときに一気に“待ってました”感が出たわけです。
裏返すと、20代前半〜半ばのコン・ユは、現場でコツコツやりつつ「いつか一発来るはずだ」と耐えていた時期だったのだろうなぁと想像できますね。
私はここ、ちょっと想像が入りますが、彼が学生時代に「自信はなかった」と語っていたという話とつなげると腑に落ちます。
最初から「俺がセンターだ」というタイプではなく、機が熟すのを待てる性格だから、長く残る俳優になれたんだろうなと思います。
参照:ウィキペディア
5. 若い頃のビジュアルの特徴と、いまにつながる“清潔感”
韓国のファッションサイトやメディアでは「昔のコン・ユの写真」をよく特集していますが、そこに写っている彼は、いまより頬が少し細くて、髪型もトレンド寄りで、全体的に“若い俳優らしい軽さ”があります。
2011年ごろの写真でもまだ若々しく見えるので、20代の頃はなおさら爽やかだったはずです。

というわけで、2004年のコンユがこちら

貫禄というより、若さの中に渋さがある…という風に見えますね。
そして2005年のコンユ

こちらは年代が不明なのですが、20代後半くらいのコンユかと思われます。

若い頃から一貫しているのは
- すっきりした目元
- きれいな姿勢
- 服がシンプルで上品
という“清潔感の3点セット”です。これはスポーツ現場で育った幼少期+VJでカメラ映えを意識した経験+モデル仕事での所作、が全部重なって身についたものだと考えると説明がつきます。
6. 「コーヒープリンス」前夜の20代は、役幅を広げる準備期間だった
2000年代半ばまでに、コン・ユは先生役のラブコメ「乾パン先生とこんぺいとう(Hello My Teacher)」や、メロドラマなどに出ています。
これはウィキペディア英語版でも2005年〜2006年に主演級をやっていると書かれているので、20代後半に入る前に「恋愛ものが似合う顔」としてのポジションを確立し始めていたことが分かります。
参照:ウィキペディア
ここで面白いのは、彼がのちに「トッケビ」「新感染」のようなファンタジーやアクションでも存在感を出せたのは、この若い頃に“普通の好青年”をしっかり演じきっていたからだという点です。
視聴者に「この人は根がいい人」と刷り込まれているから、変化球の役をやっても違和感が出にくい。
これは若い頃のキャリア設計が結果的に良かったのでしょう。
7. 若い頃のエピソードから見える性格
オフィシャルなインタビューに出てくる話をつなぐと、若い頃のコン・ユは
- 家族との関係を大事にしている(父親の仕事を誇らしく話している)
- 俳優になるまでに一度“考える”時間を置く
- 一気にスターになるより、役を積んでいくことに抵抗がない
という3点が見えてきます。
ここから推測すると、若い頃の彼は「目立ちたいから芸能界へ」というより「人前に立つ素質があると言われた→自分でもやってみたら手応えがあった→なら続けてみよう」という、かなり地に足のついたタイプだったのではないでしょうか。
そういう人って、当たり役が来たときに浮かれすぎないんですよね。
さらに、若い頃の撮影の裏話なんかも見てみましょう。
撮影裏話・エピソード
若い頃のコン・ユさんにまつわる “知っておくと面白い裏話” をいくつか。
- 『Coffee Prince』撮影時、彼自身が「この役をやるなら自分の雰囲気を大人っぽく見せたい」「でも無理に変えすぎると本人らしさが失われる」と話していたというインタビューがあります。
参照:The Independent Singapore News - Hello My Teacher で演じた“高校生・問題児”役について、視聴者レビューでは「26歳の俳優が18歳を演じてるけど、違和感が少ない」という声があり、若いうちから「役に見える化」の工夫をしていたことがうかがえます。
参照:kdramalove.com
こうした裏話を知ると、「若い頃の彼=ルックスだけで勝負してたわけじゃない」「準備をしてきた人」だとわかりますね。
8. まとめ:若い頃のコン・ユは“整っているのに焦らない人”だった
- 釜山でスポーツの現場を見て育ったこと
- 大学でいったん「演出・広告寄り」に目を向けていたこと
- モデルやVJでカメラ慣れしてから俳優に入ったこと
- すぐに大ブレイクせず、20代後半までに恋愛ものなどで経験を積んだこと
このあたりを並べてみると、若い頃のコン・ユは「外見もきれいに整っているのに、キャリアだけは急がなかった人」と言えそうです。だからこそ、「コーヒープリンス1号店」で一気に人気が爆発したときも、軽くならず、長く愛されるスターへとシフトできたのだと思います。
いまの大人っぽいコン・ユが好きな方は多いと思いますが、20代の彼を写真で追っていくと「元から出来上がっていたわけじゃないんだ」「ちゃんと階段を上ってきたんだ」というのが分かって、もっと親近感が湧きますよね!
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