韓国ドラマ「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」の最終回について、気になるところが多々あったので考察を交えて解説していこうと思います。
主に「ウンタクがなぜ死んだのか」「そのあとどうなったのか」を中心に、ドラマの核心部分に触れるネタバレ全開で紹介するので、そのつもりでお読みください。
Kコンテンツ歴約6年
母の影響で韓国にハマる。
勇気がなくて整形は無理。

1. 幸せのピークから一気に奈落へ
最終回の前半って、「やっとここまで来たね…」という感じの甘い時間ですよね。
ソバ畑での小さな結婚式、2人だけの誓い、家に戻ってみんなでワイワイする空気。
トッケビの900年分の寂しさがようやく埋まった瞬間で、視聴者としては「このテンションのまま終わってくれ」と思ったところでした。
でもご存じのとおり、ドラマはそう終わらないんですよね。翌日です。たった1日。
2. ウンタクの死亡シーン
ウンタクの死亡に繋がる事故の構図はこうです。
- ウンタクは仕事に向かう車を運転している
- 坂の上で止まっていた無人のトラックのブレーキが外れる
- その先には子どもたちが乗る幼稚園バスがいて、ぶつかると大惨事になる
- ウンタクは一瞬で状況を理解して、自分の車をトラックの進路に入れて衝突を防ぐ
- ウンタクは29歳で死亡する
つまり「ウンタクが狙われて死んだ」のではなく、「本来はバスに突っ込むはずだったトラックの前に、自分で入っていった」わけです。
彼女は元々“名簿から漏れている特別な存在”で、死神の名簿に載らないから死ににくいはずなのに、それでも「人を助けるために自分で死のほうを選んだ」ので、死神側でも「名簿が来ない死=想定外の死」として処理されていました。
とにかく想定外すぎて、この展開が最終回に来るなんて思わないじゃないですか…
3. なぜウンタクは死ななければならなかったのか
ここからがみなさん一番モヤッとするところだと思います。
私も初見のとき「え、昨日結婚したばっかりだよ?」と納得しきれませんでした。
なので、出ている説明を少し整理してみます。
- 元々ウンタクは“生まれてこないはずの命”だった
初回からずっと言われていたとおり、ウンタクは「死ぬはずだった母をトッケビが救った」結果として生まれてきたので、世界の側からすると「処理漏れ」の存在でした。だから彼女には何度も死の危機が訪れ、死神にも目をつけられていたわけです。 - 「名簿にない死」は神でも予測できない
死神のところに「今日はこの子どもたちを回収してきてね」という名簿が来ていたのに、ウンタクが犠牲になった瞬間にその名簿が取り消されます。
死神も「名簿によらない死が起きた」と気づいて顔色が変わっていました。これは「人間の利他的な選択は神でも完全には読めない」という世界観を表しているのだと思っていて、神にとっても予想外だったからこそ、こんなに急で残酷なタイミングになったんだろう…と思うことにしています。 - それでも彼女は来世に行く準備をしていた
死神とのお茶の場面でウンタクは「あと三回残ってる」と言いますよね。
作中で「人は4回まで生まれ変わる」という設定が出てきており、ウンタクの29歳での死はその1回目の終わりにすぎない、と描かれていました。
だから彼女は記憶が消えるお茶を飲まず、次に必ずトッケビに会うための布石を打っていった。
ここまでを踏まえると、あの死は「終わり」ではなく「次に会うための強制リセット」だったと考えると筋が通ります。
4. 死後のウンタクとトッケビの再会
事故のあと、ウンタクはあの世の茶房で死神に会います。
死神が担当でよかった、と泣きながらお別れを言うシーンは号泣ポイントでしたね。
そこで彼女は「駆け足で行って、駆け足で戻ってきます」と言って去ります。つまり「すぐ生まれ変わってシンのところに戻るつもりだよ」と宣言しているわけですよね。
その後は30年ほど時間が進んで、死神とサニーもそれぞれの罪を終えて旅立ち、さらに時が流れて…という形で、トッケビはひとり待ち続け、最後に生まれ変わったウンタクと再会します。
ここまでがドラマで描かれた「1周目のお別れ~再会」
5. 「じゃあまた死ぬのでは?」という視聴者の疑問
多分、一番多いのがこの疑問だと思うんですが、
「シンは不老不死のままだよね? じゃあウンタクがあと3回生まれ変わっても、全部見送ったらまたシンだけ残るよね? それって悲しすぎない?」というものです。
実際、知恵袋などでも同じ質問が出ていました。
ここはもう作中で明言されていないので、どうしても考察になりますが、出ていた説を3つに分けるとこんな感じでした。
- 「4回とも一緒に過ごす」説
ウンタクは1回目の人生でお茶を飲まなかったので、以降の転生でもトッケビを認識できる。
だから残り3回も再会できるし、ドラマが見せたのはそのうちの2回目だ、という考え方。
これは劇中の設定といちばん矛盾が少ないです。
ただ、これだと4回終わったら永久にさよならになるんですよね。 - 「4回目で契約が終わる」説
「シンがこの世に戻ってこられたのはウンタクとの契約があったからで、4回の転生が終わったらその契約も終わり、一緒に去れるのでは」もの。
確かにそう考えると物語としてはきれいですし、ハッピーエンド感ある。 - 「永遠に待つことこそがトッケビの運命」説
もっとシビアな見方だと、「不滅の存在が人間の生と死を何度も見送ること、それ自体がこのドラマのテーマだから、寂しさは解消されないままなんだ」という捉え方もありました。
noteなどでこうした感想を書いている方もいましたね。作り手のトーンでいうと、実はこの読みがいちばん近いのではと私は思っています。
個人的には、2番の「4回で区切りがつく」説が視聴者としては一番救いがありますし、ウンタクがわざわざ記憶を残そうとしていたこと、シンが彼女の再会だけを心の支えにしていたことを考えると、「最後には一緒になる余地を残した」と読むほうが気持ちよく終われるかなと思います。
ですので、2番目の説推しですね。
6. ウンタクが死ぬ必然性は何だったのか
書かれていた内容をぜんぶ並べると、制作側がやりたかったことは
- トッケビの「永遠」と、人間の「有限」を最後に正面からぶつけたかった
- その衝突を一番美しく描けるのが「人を助けて死ぬウンタク」だった
- しかもウンタクには転生という救済ルートを最初から仕込んであるので、悲劇だけで終わらせないことができる
つまり、視聴者の心を一度グッと落としてから、最後に「戻ってきたね」で上げる構成にしたかったのだと思います。まさにジェットコースターみたいな最終回だったわけです。
私自身は、29歳での死があまりに早くて「それはさすがに可哀そうでは…」と感じた一方で、ウンタクらしい最期ではあったとも思います。
彼女はずっと「もらった命だから大事にしたい」と言っていたし、誰かを助けるために迷いなく体が動いてしまうタイプでしたよね。
あの瞬間に変な計算をせず、ただ子どもたちを守る側に回ったのは、ドラマ全体で描いてきたウンタクの性格と一致しているので、物語として嘘はついてない!という悲しいとかそういうのは抜きにして良作だなと思いましたね。
7. 余談:死神とサニーのその後が入る意味
最終回ではウンタクの死から30年後、死神とサニーもそれぞれの罪を終えて去っていきます。
ここを入れたのは多分、トッケビだけが本当に長く生き続ける存在だと強調するためでしょう。
仲間たちですら寿命を終えていくのに、シンだけはまた誰かの生まれ変わりを待たないといけない。
そう考えると、ウンタクの「駆け足で戻ってきます」という言葉がどれだけ彼を支えていたか、より重く感じる一言になったんだなと。
まとめ
というわけで、トッケビの最終回についてまとめると、
- ウンタクの死は事故ではあるが、実質的には「自分が身代わりになる」選択だった
- その死は神の名簿にない“想定外の死”で、だからこそあんなに急だった
- しかし彼女には4回転生する設定があり、記憶を残すことでシンとの再会を確定させていた
- 残りの転生をどう見るかは視聴者の解釈に委ねられている
という感じになります。
あのラストで泣いてしまうのは、ただ悲しいからではなくて、「永遠に生きる側」と「何度も別れなければならない側」がどうしてもすれ違う、という切なさがじわっとくるからなんだろうな、と私は思っています。
とにかく、設定だけ見て敬遠している人は騙されたと思ってみてほしい…そんな作品でしたね!
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