ソウルのまちで「一人でいる心地よさ」を語る男・パク・ヨンホと、本を通して人の気持ちをつなげたい編集者・チュ・ヒョンジン。
正反対な二人が、同じ本を作るうちに、孤独とぬくもりのあいだで揺れる心を見つけていきます。
主な登場人物
- パク・ヨンホ(演:イ・ドンウク)
文章講師でインフルエンサー。「シングルでいる自由」を軽やかに語る人気者。部屋にはマグカップが一つだけ――そんなミニマルな暮らしが彼の信条。

- チュ・ヒョンジン(演:イム・スジョン)
出版社の編集長。気遣い上手で、言葉を磨くことに妥協しない職人肌。仕事では強くあろうとする一方、自分の生活とのバランスに悩みも。

- ホン・ジュオク(演:エソム)
ベストセラー作家。ヒョンジンの同僚として企画に絡み、二人の関係に時に刺激、時に助け舟を出す存在。

- ジンピョ(演:チャン・ヒョンソン)
出版社の社長。締切と売れ行きを見据える現実派で、企画を前へ押し出す役回り。

起(出会い—言葉が人を連れてくる)
朝のソウル、開店したてのカフェ。
窓の外でバスが停まり、湯気の立つ紙コップから香りがのぼる。
ヒョンジンはノートPCを開き、企画名「シングル・イン・シティ」を打ち込む。
テーマは“ひとりで生きる”。
彼女の脳裏に浮かぶのは、SNSで人気のヨンホ。
彼の言葉は軽快で、独りでいることを前向きに照らしてくれる。
編集部に戻ると、ジンピョが言う。「彼に書かせよう。売れる」。
打ち合わせの日、ヨンホは遅れて現れる。黒いコート、癖のない身なり。
席に着くと、まっすぐ言った。「“ひとり”は選択です。寂しさじゃない」。
ヒョンジンは微笑みつつ、赤ペンを取り出す。
「なら、その選択の根拠を、読者に届く形にしましょう」
二人の距離はまだまっすぐ。
だけど、その間には、編集者と著者だけでは言い切れない、目に見えない糸が一本、張られた。
承(制作—街がページになる)
取材という名の散歩が始まる。
夕刻の盤浦大橋、風に揺れる髪。ヨンホはスマホにメモを打ちながら言う。
「夜の川は、誰かと来ても結局ひとりで眺めるものです」。
古書店の薄暗がり、紙の匂い。
ヒョンジンは本の背表紙を指でなぞり、「誰かの書いた言葉に、別の誰かが救われる。その“橋”をつくるのが編集です」とこぼす。
二人は食堂でキムチチゲを分ける。
湯気の向こうで、仕事の会話がふと途切れると、ヨンホは箸を置く。
「僕は、誰かの期待に合わせて変わるのが苦手なんです」。
ヒョンジンは赤ペンを握り直す。
「変わる必要はありません。ただ、読者に届く言葉に“整える”んです」。
夜、ヨンホの部屋。整然とした棚、本は背の高さで揃えられている。
マグカップは一つだけ。彼は原稿を送信し、静かな部屋に“送信完了”の音が響く。
画面にはヒョンジンからの修正コメントが並ぶ。「ここ、比喩が強すぎ」「経験の具体例を」。
その赤が、不思議とあたたかい。
転(揺らぎ—“ひとり”の理由と“ふたり”の難しさ)
締切が近づくほど、ふたりの価値観の差はくっきりする。
イベントでヨンホは拍手に包まれる。
「自由は習慣です」と堂々と言い切る。
一方、裏方で段取りを回すヒョンジンの耳に、ジュオクの冗談めいたひと言が落ちる。
「二人、空気が似てきたね」。
その夜、原稿の肝となる章でつまずく。
ヨンホは過去の恋に触れようとすると指が止まる。言葉にすれば、今の自由が揺らぐ気がしたから。
ヒョンジンは気づく。
「読者は、あなたの“言い切り”だけじゃなく、そこで折れた心も知りたいんです」。
言い合いになった帰り道、冬の川風が冷たい。二人は歩幅を合わせないまま橋を渡る。
翌日、ヨンホは一人で街に出る。
交差点の青が点滅するたび、過去の思い出がよぎる。
映画館の暗闇、雨の日の傘、別れの静けさ。
彼は小さなテーブルでノートを開き、やっと一行を書き出す。
「ひとりは自由だ。でも、自由は時々、守るべきものを失う音がする」。
同じ頃、編集部でヒョンジンは校正刷りに向き合う。
ふと、自分の生活が紙の白さに映る。仕事に全力で、家は寝るだけ。
携帯には家族からの未読メッセージ。
「大丈夫?」
その文字が胸に刺さる。
二人は少し離れ、同じページを別々の場所で見つめている。
結(着地—答えは“かたち”ではなく“選び方”)
締切の夜。
編集部は蛍光灯の音がやけに大きい。
ジンピョは腕時計を見て、短く言う。
「出すぞ」。
最後の章を差し替えるため、ヨンホが原稿データを抱えて駆け込む。
息を整え、ヒョンジンと目が合う。言葉は交わさない。
代わりに、二人は画面を見つめ、句読点の位置まで一緒に整える。
夜明け前、印刷所へ回すデータが走り出す。窓の外、ソウルの空が淡く明るむ。
出来上がった本を手に、ヨンホは読み上げる。
「“シングル”は孤独の肩書きじゃない。自分で選ぶ歩幅の名前だ」。
ヒョンジンは静かに本を閉じる。「そして、人は時々、その歩幅を誰かと合わせてもいい」。
二人は恋人かどうか、はっきりとは語られない。けれど、ページを重ねるみたいに、互いの歩幅に耳を澄ます術を覚えた。
朝の通り、パン屋の並ぶ列、バスのブレーキの音、遠くで始業ベル。日常は続く。
“ひとり”と“ふたり”の間に線を引くのではなく、その日の自分に合うほうを選べる――
そんな小さくて確かな自由を、彼らは手に入れたのだ。
シングル・イン・ソウルの見どころ
- ソウルの風景:橋、カフェ、古書店――観光名所ではない「日常の景色」が、心の動きと重なっていく。
- 編集という仕事:言葉は“削る”ほど光る。赤ペンの一画一画に、相手への敬意が見える。
- やさしさ:「一人でいる強さ」と「誰かといる温かさ」は対立しない。どちらも“自分で選ぶ”ことで意味を持つ。
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